先日、戦略CFO研究会の定例会を開催しました。
今回の研究対象は、株式会社キーエンス。
FAセンサーや測定機器などを展開し、ファブレス、高付加価値商品、コンサルティング型の直販営業によって、極めて高い収益性を実現している企業です。
今回の研究会では、通常の貸借対照表や損益計算書だけではなく、私たちが研究している**「資金別貸借対照表」**の考え方を用いて、キーエンスの資金構造を分析しました。
そこで見えてきたのは、
「安全性が高い会社ほど、財務分析の問いが変わる」
ということでした。
資金繰りが厳しい企業であれば、
「会社は資金ショートしないか」
「借入金を返せるか」
「本業でキャッシュを生み出せているか」
を確認します。
しかしキーエンスの場合、論点はそこではありません。
これだけ生み出した資金を、次にどう使うのか。
ここが財務戦略の中心になります。
資金別貸借対照表とは何を見るものなのか
通常の貸借対照表では、
資産。
負債。
純資産。
という区分で会社の状態を確認します。
一方、資金別B/Sでは、会社の資金を、
損益資金。
固定資金。
売上仕入資金。
流動資金。
などに分け、
「会社の資金がどこから生まれ、どこへ使われているのか」
という視点で見ていきます。
単に、
「現預金が多い」
「自己資本比率が高い」
だけではなく、
その資金の源泉は何なのか。
を明らかにすることが特徴です。
キーエンス最大の特徴は「本業が資金を生み続けている」こと
今回の分析で最も特徴的だったのが、
損益資金の大きさ
です。
研究会で使用したデータでは、
第29期の損益資金が約3兆1,137億円。
第30期には約3兆4,632億円まで増加しています。
1年間で約3,494億円増えています。
つまり、会社に蓄積されてきた資金の中心が、
借入ではなく、
本業から生み出した利益
であることが分かります。
さらに、有利子負債はほぼゼロ。
自己資本比率も90%を超える水準です。
これは、
「本業で稼ぎ、その利益を蓄積しながら成長する」
という企業財務の一つの完成形と言えます。
流動資金がマイナスでも「危ない」とは限らない
資金別分析で特に面白かったのがここです。
流動資金を見ると、
第30期では大きなマイナスになっています。
数字だけ見れば、
「短期資金が足りないのでは?」
と考えたくなります。
しかし、内訳を見る必要があります。
今回のケースでは、短期借入によって資金不足を埋めているわけではありません。
むしろ、
本業で生み出した資金を有価証券などへ振り向けている
ことによって、流動資金がマイナスになっていると読み取れます。
同じ「マイナス」でも、
借入に頼らなければ会社が回らないマイナスと、
余剰資金を運用している結果としてのマイナスでは、
意味がまったく違います。
財務分析では、
数字そのものより「なぜその数字になったのか」を見ること
が重要です。
1年間で約2,788億円の実質的な資金創出
今回の研究会では、
損益資金の増加だけではなく、
売上債権や在庫増加など、成長に伴って必要となった運転資金も考慮しました。
その結果、
実質的な損益資金増加を示す一つの指標として、
約2,788億円規模の資金創出
という数字が見えてきました。
売上高は約1兆1,693億円。
営業利益は約5,958億円。
営業利益率は約50.9%。
粗利率は約83%。
一般的な企業と比較すると、非常に特殊とも言える利益構造です。
この圧倒的な利益率こそが、キーエンスの財務体質をつくっています。
ただし、成長すれば運転資金も増える
超優良企業だから、すべての数字が改善するわけではありません。
研究会で注目したのが、
売上債権と在庫
です。
売上の成長に対して、売上債権の増加率がやや大きく、
売上債権回転期間も長期化しています。
在庫についても、一定の増加が確認できます。
その結果、経常運転資金は増加しています。
これは必ずしも悪いことではありません。
企業が成長すれば、
売掛金。
在庫。
海外取引。
などに必要な運転資金も増えるからです。
重要なのは、
売上の成長以上に運転資金が膨らみ続けていないか
を継続的に確認することです。
特に海外売上の増加などによって回収条件が変化すれば、売上債権回転期間にも影響します。
超優良企業であっても、こうしたKPIは監視する必要があります。
「銀行から借りられる会社」と「借りる必要がない会社」
研究会では、
「銀行から見れば、貸したくても資金需要がほとんどない会社ではないか」
という議論も出ました。
通常、中小企業の財務支援では、
借入条件。
返済能力。
担保。
保証。
などを議論します。
しかしキーエンスは、それとは真逆です。
有利子負債に頼らず、事業活動によって大量の資金を生み出しています。
財務レバレッジも極めて低い。
すると、財務の問いは、
「どう借りるか」から「自己資金をどう使うか」
へ変わります。
超優良企業の財務課題は「資本効率」
ここからが、今回の研究会で最も興味深かった部分です。
これだけ資金がある。
借金もほとんどない。
利益率も極めて高い。
では、
財務上、もう何も課題はないのでしょうか。
そうではありません。
むしろ次に出てくるのが、
資本効率
というテーマです。
会社が生み出した資金を、
新規事業へ再投資するのか。
M&Aへ使うのか。
研究開発へ使うのか。
株主へ還元するのか。
自社株買いをするのか。
有価証券として運用するのか。
何もしないで現金として保有するのか。
企業が成熟し、資金余力が大きくなるほど、
「稼ぐ力」だけではなく「使う力」が問われます。
「稼ぐ力は満点。では、資金をどう配分するのか」
研究会では、
キーエンスを、
「稼ぐ力は非常に強い。次の論点は資金配分」
という観点から議論しました。
例えば、事業で得られるROICと、
有価証券などによる運用利回り。
これらを比較すれば、
本業へ再投資するべきなのか。
資金を運用するべきなのか。
株主へ還元するべきなのか。
という議論につながります。
これは中小企業でも同じです。
会社に利益が出るようになると、
「お金が残ったから安心」
で終わりがちです。
しかし、本当の財務戦略は、
そのキャッシュを次にどこへ配置するのか
まで考えることです。
B/Sに載らない企業価値
今回、もう一つ非常に面白い議論になりました。
研究会で使用している企業価値評価の考え方と、実際の市場評価には大きな差があります。
そこから見えてくるのは、
キーエンスの価値の大部分が、貸借対照表に載らない資産にある
ということです。
例えば、
高付加価値の商品開発力。
ファブレスという事業構造。
顧客ニーズを直接把握する直販営業。
営業人材の育成ノウハウ。
価格決定力。
ブランド。
企業文化。
データ。
顧客との関係。
こうした資産は、通常のB/Sには十分には表れません。
しかし、企業価値を考えるうえでは極めて重要です。
「危ない会社を見る財務」から「良すぎる会社を見る財務」へ
今回、キーエンスを教材として非常に面白いと感じた理由がここです。
資金別分析は通常、
資金繰りの問題。
過剰借入。
固定投資。
運転資金。
赤字。
などを発見するために使います。
しかし、キーエンスのような企業に当てはめると、
問いが変わります。
会社は安全か?
ではなく、
これだけの資本を何のために持っているのか?
になります。
そして最終的には、
会社は何のために存在し、蓄積した資本を誰のどんな未来のために使うのか
という、経営そのものの問いにつながっていきます。
戦略CFOは「資金の量」ではなく「資金の意味」を読む
今回の戦略CFO研究会で改めて感じたことがあります。
財務分析とは、
数字を計算することではありません。
現金が多い。
借金が少ない。
利益率が高い。
というところで終わるのではなく、
なぜ、この数字になっているのか。
生み出した資金を次にどう使うのか。
その資金配分が企業価値を高めているのか。
まで考える。
これが戦略CFOの視点だと思います。
「良い財務とは、お金があることではない。生み出したお金を、未来へどう配置するかまで設計されていること。」
今回も、一つの企業の決算書から、財務、ビジネスモデル、資本効率、そして企業価値まで議論が広がりました。
戦略CFO研究会では、これからも実際の企業を題材に、
数字から経営の本質と未来を読む力
を磨いていきます。
私自身も研究の途中です。
一緒に学びましょう。


